インテリアも変わってしまい

家日当たりも条件は違い

曰く、排他的なモダニズムは大衆とのコミュニケーションに失敗したが、ポストモダンは様々な階層に応じて、それぞれの意味が読みとれるデザインになっている。そして装飾された小屋だけに限定するヴェンチューリは排他的な態度が残っており、あひるも認めるべきだという。彼は、竹山実が新宿歌舞伎町に設計した1番館(3)や11番館を評価し、著作の表紙にも使っている。建物全体が粟津潔の大胆なグラフィック·デザインでおおわれているからだ。

九0年代の日本では、透明なガラスのファサードを強調した商業建築が流行した。例えば、青木淳によるルイ·ヴィトンの名古屋店(99)は、市松模様をプリントしたガラスのショーウィンドウを使う。
そして銀座や表参道では、有名建築家が次々とブランドの店舗を設計し、人々の目を楽しませている。
例えば、レンゾ·ピアノのメゾン·エルメス(01)やヘルツォーク&ド·ムーロンのプラダ(3)などだ。

建築会社を比較するため

ブランド大国ニッポンでは、建築家自体がブランド的な価値をもちはじめたのである。

レイク·ショア·ドライブ·アパート-シカゴシカゴは世界初の高層ビルの都市である。
一九世紀の終わりからシカゴでは経済が活性化し、空間を効率的に使うために、床を垂直に積み重ねるビルが必要とされた。しかし、社会的な条件だけでは不十分である。建築材料が石や木材から鉄やコンクリートに変わり、高層ビルの建設が可能になった。そして一九世紀の後半に登場したエレベターのおかげで、実用性を獲得する。もし階段しかなければ、五階以上の建築があったとしても、おそろしく使いづらいものになるだろう。シカゴには、装飾におおわれた築一00年の古びた高層ビルが多くたつ。もっとも、二0世紀初頭は高層といっても二階建てのクラスであるシカゴの街を歩くと、巨大なビル群に圧倒される。背が高いだけではなく、幅も広い。ビルの塊に押しつぶされそうなヴォリューム感道路の幅と建物の高さの比率が、日本の感覚とは全然違う。ヨーロッパでもありえない風景だ。見上げていると、首が痛くなる。ものすごい迫力に驚かされ、つくづく建築を学んでいてよかったと感じたことをよく覚えている。当時、そうした主旨のことを書いて、旅先から所属の研究室に手紙を出した。

 

不動産価格の関係

家具の高さや奥行き住まいの基本は食う寝る遊ぶ

この街には、ミース·ファン·デル·ローエというドイツからアメリカに渡った重要な近代建築家の作品がある。レイク·ショア·ドライブ·アパート(52)は名前の通り、湖沿いの道路に面してたつエレガントな双子の高層ビルだ。縦横のフレームによる構成を明快に示しつつ、1型鋼によって強調された垂直線。歴史的な装飾をはぎとり、絶妙なプロポーションにこだわる禁欲的かつ近代的なデザイン。
そして11棟の段違いの配置。ミースは機能的な高層ビルを美学の領域に洗練させ、オフィスビルのプロトタイプを提出した建築家であるミースは、シカゴのIBMビル(71)やフェデラル·センター(64)も手がけているが、彼の影響を受けたビルは多い。

がたいていの方は変更をし家具やちょっと笑えるのが、赤ミースとでもいうべきビルがあること。明らかに真似をしているけど、ちょっとへたなデザインだ。ネタに困った特撮怪獣映画で、色違いの怪獣が登場するような感じである。シカゴで忘れられないのが、ジョン·ハンコック·センター(69)の展望室からの眺めだ。夕刻だったと思う。なんと広大なミシガン湖の水面に、大きなビルの影が並ぶ姿を目撃したのだ。
湖ぎりぎりに高層ビルが林立する都市だからこそ成立したわけだが、見たことがない風景である。

シカゴ郊外のイリノイ工科大学のキャンパスもミースの作品である。一九三九年から五八年までの110年間にわたり、彼は施設のデザインを担当した。筆者の勤める愛知県の中部大学も、第一工房他が設計した良質のキャンパスをもつが、欧米の大学は、すぐれた建築の宝庫であることが多い。ミースは均質空間様々な用途に対応できる普遍的な空間システムを唱えたことでも知られるが、グリッド(格子)状の配置計画に沿って矩形の施設が展開する。10年前に訪れたとき、キャンパスのある建物には、コンビニが入っていた。コンビニも現代の均質空間ではないかと考え、思わず苦笑した。
間取りにした方が良いかもしれません
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戸建ては木ででき

との願いが込められたブランド住まいこ)
世界貿易センタービル-ニューヨークアメリカは宿泊で苦労した。
アジアやヨーロッパは飛び込みで宿を探しても、まず困ることはない。ところが、同じ感覚でアメリカをまわると、重い荷物を抱えて幾つもまわった挙げ句、安くもないホテルに泊まるハメになった。
ニューヨークでは、ようやく部屋がとれ、鍵をもらってドアを開けると、なんとベッドの上に人の荷物がある。危うく撃たれたっておかしくない状況だ。フロントで猛烈に抗議して、ちゃんと空き部屋を確保した。これに懲りて、旅行中、電話で次の訪問先の宿をおさえるようになった。
シカゴは最初に高層化した都市であるが、それをさらに先鋭化させたのが、ニューヨークだ。ここは摩天楼という言葉がふさわしい。高層ビルを英語で「ハイライズhighrise」とも呼ぶが、これは単にフロアを積層させた四角いビルというイメージがする。一方、そもそも摩天楼と訳される「スカイスクレーパーskyscraper」という言葉は、空(sky)を「削るscrape」という意味をもつ。そう。
先端が尖ったビルなのだ。
例えば、一九三0年に登場したクライスラー·ビルの頂部は、シャープ·ペンシルのように鋭い。翌三一年のエンパイア·ステート·ビルも先細りのビルである。

建築物への影響が大きいと考え

それぞれの高さは三一九メートルと三八1メートルであり、当時の世界一だったが、記録はとっくに破られても、空に到達しようとするかのようなデザインは、今なお魅力的であるアメリカ映画の『めぐり逢い』94グレン·ゴードン·キャロン監督や『めぐり逢えたら』(93ノーラ·エフロン監督)の重要な場面で使われたように、ふたつのビルは、マンハッタンの顔になっている。一九三三年に公開された『キングコング』(メリアン·C·クーパー、アーネスト·B·シュードサック共同監督)のラストでは、キングコングがエンパイア·ステート·ビルに登った。都市をジャングルに見立てれば、超高層ビルは山なのである。実際、ありし日の世界貿易センタービルの展望室、あるいは屋上からマンハッタンを眺めると、ビルが山脈のように連なっている。往年の摩天楼はミッドタウソのあたりに集中していることがよくわかる。七二年に登場した世界貿易センタービルは、マンハッタンの南端にたっており、風景を一望するのには最高の位置だった。家による点検が必要


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