リフォームのご要望の中

すえつけ板小スローブによる解消

高齢の信者らとともに、バスを降りて、教会を訪れる。文字通り、クリスタルのように鋭角的な造形。そして全面をガラスが覆う。クリスマスの時期だったために、舞台では演劇のセットが組まれていた。ヨーロッパの重苦しい石造の大聖堂とはあまりにも違う、透明な大空間。内部からも、カリフォルニアの青い空がよく見える。巨大な教会は、テレビ伝道師のロバート·シュラーが建てたもの。ディズニーランドとテレビ宗教の大聖堂。一見、奇妙な組み合わせだが、ともにマスメディアと結びつくアメリカらしい空間である。布教活動を始めた当初、シュラーはドライブ·イン教会を建てている。ノイトラの設計した六一年の建物が、クリスタル·カテドラルの脇にたつ。クルマに対応した教会という発想も、アメリカならではだろう。

現段階では家全体

イームズ邸-ロサンゼルスウス·オブ·カードという玩具がある。
普通のトランプのサイズだが、それぞれには六か所に切れ込みが入っており、自由に組み合わせられる。もちろん、立体的な造形が可能であるし、ときには紙を湾曲させて使う。文字通り、カードの家を構成できる。解体も簡単だ。一組のカードによる建築は、無限のバリエーションを楽しめる。単純にして多様である。またカードの片面には、セレクションされた様々な模様の写真が印刷されており、にぎやかだ。初めてこれを店頭で見たとき、アイデアに魅了され即座に購入したことを覚えている。だが、ハウス·オブ·カードを考案したのが、イームズ夫麸であることをちゃんと認識したのは、それからしばらくしてからだった。
後にイームズの自邸を知ったとき、まずハウス·オブ·カードを思い出したのだが、両者には重要な共通点がある。いずれも、限られた既存のものの組み合わせによって、デザインを行う。イームズ邸は一九四八年に鉄骨が現場に到着してから、二階建ての住宅に計画が変更され、現在の姿になった。つまり、資材はシャッフルされたが、鉄骨の梁を1本追加しただけで済んだという。カードの家のようにパーツの組み合わせを変えるというパズル的な操作である。外観も、この印象を強化するだろう。壁面には、赤·青·黄のパネル、あるいは透明、半透明、網入りの三種類のガラスをはめ込む。

 

住宅展示場にも何度か足を運ん

部屋をつくろうという意識さえ感じられない家をつくれば帯に短

レイ·イームズによる綿密なカラー·スタディが、整然としたシステムに彩りを与えているブリッジハウスと呼ばれるイームズ邸の初期案は、エーロ·サーリネンとの共同設計により、一九四五年にケース·スタディ·ハウス#8として『アーツ·アンド·アーキテクチャ-』誌に発表されたこれは傾斜した敷地から直方体のヴォリュームが海に向かってはり出し、大地から切り離されたデザインだった。床を浮かせた日本家屋やミース·ファン·デル·ローエのファンズワース邸が連想されるかもしれない。一方、実現案は、方向を変えて接地し、斜面の一部が擁壁になった住宅である。そして吹き抜けのリビングをもつ住宅棟18.3mx6.1Inと、客室や暗室を含むスタジオ棟11.4mx6.1Inの二つの直方体が中庭9.1m×6.1mをはさんで並ぶ。

家を長く守りたい限りなく、明快な構成であるそもそもイームズ邸では、驚くべきことに、すべての部材がカタログから選択された。コストの削減工期の短縮、建設の簡易化など、そのメリットは大きい。実際、鉄骨の組み立ては、一日半で終わっいかに工業製品を扱うかは、近代の建築家にとって大きな課題だった。そうした意味で、カタログ化された商品を消費する資本主義の大国において、イームズ邸のような建築が登場したことは興味深い。アメリカはプレハブ化を推進し、二0世紀初頭にはメイル·オーダー·ハウスという住宅の通信販売すら始めた。大量生産の時代の傑作を生み出したイームズは、まさにアメリカ的な建築家であるしかし、同時に建築家は、個性的なデザインによって、自己顕示欲を満たす職業ではなかったか?
なるほど、各々のパーツに独自性はない。だが、その選び方に強力な個性がある。イームズは住宅のカタログを参照していないのだ。例えば、窓やドアは、工場用の規格品を住宅に使う。そして工場用サッシによって、自邸の11.11メートルというモデュール寸法の単位は決定された。イームズ邸が近代住宅のマニエリスム標準形からのわずかなデザインのズレにこだわる様式から逃れ、あっけらかんとした空間をもつのは、工場のスケールが導入されているからだろう。建築家の自邸は、自身が施主となる特殊なジャンルだが、その実験的な性格がいかんなく発揮された作品であるイームズ夫婪の死後、この家は子孫によって、レイが独りで住んでいたときの状態で保存されているそして二人の作品の管理を行うオフィスを営む。
家の価値はより下がり家に実際に住んでい
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建築といったほうがいいかもしれません

この文化村の出現は借家なお、隣のケース·スタディ·ハウス#9も、イームズとサーリネンの共同設計により、『アーツ·アンド·アーキテクチャー』の編集長エンテンザの住宅として建てられた。ケース·スタディ·ハウスの仕掛人の家である。イームズ邸と同じ鉄骨造だが、こちらは木製パネルや石膏ボードでおおわれ、構造体をあまりはっきりとは表現しないところで、イームズ邸には苦い記憶がある。ロサンゼルスに行ったとき、白井さんのクルマに乗せてもらい、建築をまわったときのことだ。フランク·ゲーリーの自邸を経由して、イームズ邸に向かったのだが、近くまでいったのにもかかわらず、結局、見損ねたのである。小さな私道のようになり、彼女がクルマで進入するのを嫌がったのだ。侵入者と間違えられたら、大変なことになるだろう。結局、引き返した。途中で道がわからなくなったことや、あまり時間がなかったせいもある。だから、イームズ
邸のことはメディアを通してしか知らない。
もちろん、自分で撮影した写真もない。

住宅密集地になり住環境が悪くなる場合があ

とはいえ、そもそもイームズ邸は、きわめてメディア的な住宅である。彼らは、素材を組み合わせる編集者的なセンスをもつ。そして自邸は雑誌の企画を通して生まれ、彼らを宣伝する最強の媒体になった。二人が制作した映像「住宅-ケース·スタディ·ハウス#8五年後の生活」(55)は、動画を使わず、膨大な写真の集積から構成されている。興味深いのは、建築の全体像よりも、生活の日用品やささいな細部を中心に撮影していることだ。通常の建築は、完成後に住み手が増やすものとなかなか調和しないが、これは二人のセレクションしたものと共存する希有な家であることを伝えている生活も見事に編集されているのだ。
けうイームズ夫麸はいつも新しいメディアに敏感だった。
たら、ネット上のカタログ情報から素材を選択しつつ、のかもしない。
したがって、現代のイームズ邸がありうるとし既成の観念を転覆させる家を成立させることな
ルクソール-ラスベガスラスベガスを空から見ると、虚構の都市であることがよくわかる。
周囲は何もない荒野。限られた地域にだけ、ど派手なビルが道路沿いに並び、まわりにその従業員の居住地が広がっている。閉じ込めの発生したビル


家をつくれば帯に短 住まいの基本は食う寝る遊ぶ インテリアも変わってしまい