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間取りと仕様が決まってからろん

暮らしを楽しめるキッチン

ちなみに、一九七六年の『キングコング』ジョン·ギラーミン監督のリメイク版では、世界貿易センターが舞台になった。南の島から連れてこられたキングコングが、故郷の双子ーを思い出して登るのである世界貿易センターも完成当初の評判は悪かった。三0年代の美しい摩天楼に比べると、装飾も少なく個性がないビルだと考えられたからである。世界一の高さだったのに、印象が薄いハイライズ。だがその眺めのよさから次第に人気を増したらしい。かつてパリのエッフェル塔もさんざん悪口を言われ上に登れば、この醜悪な構築物を見ないで済むと述べた文化人がいた。そんなエピソードを思い出させるが、とにかく見られるよりもそこから都市を見るためのビルだった。しかし、九·一一のテロによって劇的に崩壊したことにより、それ自体が人々の記憶に残る存在になったのは数奇な運命である。ある日突然、建物が解体されても、われわれは前にどんなものがあったかをしばしば思い出せなくなる。ところが、ニューヨークに空いた大きな穴だけは、消滅したツインタワーをいつも想像させるのだ。

摩天楼と高層ビル-ニューヨーク古来、建築は天に向かい、高くのびようとする衝動をもつ。それを最も純粋に表現するのが塔である。
バベルの塔の有名なエピソードでは、人々が高く高く塔を築き、神の怒りに触れて破壊された。とはいえ、キリスト教の尖塔、イスラム教のミナレット、仏教の五重塔など、一般的に塔は宗教と関わっている。一九世紀までは、最も高い建築と言えば、宗教建築だった。しかし、二0世紀に高層ビルが普及してからは、いわゆるオフィスビルが世界一高い建物になっている。古い塔は、主にその外観を眺めるものだったが、ついに内部空間を使うための高層建築が登場した。
二0世紀初頭のニューヨークは、華やかなアール·デコの摩天楼を生み出した。これは単に屋上が平らな高層ビルとは違う。摩天楼、すなわちスカイスクレーパーの頂部を見ると、先の方が細くなったり、尖ったデザインになっており、明らかに高さへの志向性が認められる。もっとも、法律で定められた斜線制限の範囲内で、できるだけ建築を大きくしようとすれば、どうしても先端がすぼまる造形にならざるをえない。クライスラー·ビル(30)とエンパイア·ステート·ビル(31)は、それぞれの施主が威信をかけ、かつて激しい高さ競争を行った。摩天楼は、高層ビルでありながら、塔に近い。
二0世紀の中頃には、こうした摩天楼が減少し、ただのハイライズ、すなわち高層建築物が増える。M·アレクサンダーは『塔の思想』において、塔は「垂直上昇の理念の純粋な具現化」であり単純に機能を追求した高層ビルと違うことを指摘した。

家の骨組みのことを構造といい

確かに、高層ビルは、大都市の場所不足と経済原理から、空間をひたすら積層し、結果的に高くなったに過ぎない。ミース·ファン·デル·ローエが設計したシーグラムビル(57)は、抽象的な空間を積み重ねたガラスの箱のようなビルの原型である。
塔から箱へ。東京の霞ヶ関ビル(68)も、その系譜に位置づけられる。こうした箱型の高層ビルは全世界に広がり、インターナショナル·スタイル、つまり国境を超えた近代の建築様式になった。
思想家のジャン·ボードリヤールは、ツイン·タワーの世界貿易センタービル(72)がニューヨークに登場し、互いに高さを競争する資本主義のシステムが変わったという。これは記録的な高さを持ちながら、四角いビルそのものがうりふたつの双子になっており、どちらかが目立とうとはしない。互いに鏡に向かいあうような二重化の眩暈のなかで、ビルの個性や象徴性を強調するシステムが崩れていく。
二0世紀初頭の摩天楼はビルの象徴性を維持し、マンハッタン島を近代における塔とピラミッドのジャングルに成長させた。が、二0世紀後半の超高層ビルは高さすらも抽象化し、マンハッタン島をパンチ·カードという記号の森に移行させたのである。
げんうん一九九0年代はアジアの経済が急成長し、世界一高いペトロナス·タワー(97)がクアラルンプーレに誕生した。これもツイン·タワーだが、先が塔のように尖っており、摩天楼の再来かもしれない。なお、日本一高いビルは、二九六メートルの横浜ランドマーク·タワー(93)であり、やはり全体が塔状にすぼんでいる。また東京·代々木のドコモ·タワー(00)も、エンパイア·ステート·ビルの形状を復活させたかのようだ。

クライスラー·ビル-ニューヨークアメリカの黄金の二0年代を締めくくる建築と言えば、クライスラー·ビルだろう。

これは一九二五年のパリの装飾博覧会をきっかけに流行した最新のアール·デコのデザインを取り入れている。ゆえに、アール·デコの摩天楼として代表的な存在である。

 

家づくりがしたい

住宅は評価されないのでしょう不動産を購入する人

では、なぜかくも愛されてきたのか。なんと言っても、頂部のユニークなデザインが、キャラクターを決定している。だんだん細くなるステンレスのアーチが重なり、最後はてっぺんに尖塔がのる。それぞれのアーチには三角形の窓が続き、ギザギザのスカイラインが印象的だ。メインロビーは、新しい時代を感じさせるステンレスの素材と、モロッコやドイツの大理石、メキシコ産オニックスを巧みに組み合わせ、壮麗な空間をつくりだす。
設計者のウィリアム·ヴァン·アレンは、一八八二年生まれのニューヨークっ子。パリのエコール·デ·ボザールで学び、帰国してからは、ラッキー·ストライク煙草店などの商業施設を手がけた。そして彼の関わったプロジェクトの敷地をウォルター·クライスラーが買収した縁で、クライスラー·ビルを担当する。このビルの大成功により、彼は有名になったが、その後は建築家をやめ、不動産の仕事に専念したようで、他の作品は知られていない。
実は、ヴァン·アレンによる初期案の頂部は、鈍い丸みをおびていた。だが、クライアントがクライスラーになり、彼の意向を反映して、現在のような流線形のアーチを連続したデザインに変更される。
さらに、世界一の高さをめざしていたから、工事の途中で他の高層ビル案が発表されたことにあわて一番上に尖塔を追加した。つまり、一番高く!という施主の単純な欲望が、結果的に美しいシルエットを導いた。悪く言えば、これは典型的な社長建築である。また1111階には、自動車のグラフィックがあり、四隅にクライスラー車のラジエータ·キャップを巨大化したモチーフをとりつける。普通はキッチュになりがちだが、ヴァン·アレンは秀逸なセンスでデザインをまとめあげた。
クライスラーはクルマの国アメリカを代表する自動車の会社である。ゆえに、クライスラー·ビルは摩天楼であると同時にクルマのビルということでも、アメリカの象徴なのだ。しかし、竣工の前年一九二九年には、ウォール街から不況が始まり、ビル建設のブームが終わる。クライスラー·ビルは、摩天楼の時代を締めくくる建築でもあるのだ。

クロイスターズ-ニューヨークマンハッタン島をぐるりと船で1周するツアーがある南端に並ぶ、自由の女神と高層ビル群。世界貿易センタービルも、海から眺めるのがベストだった。
やがて繊細な摩天楼や国連ビルが視界に入る。

住宅は評価されないのでしょうちなみに、一九七六年の『キングコング』ジョン·ギラーミン監督のリメイク版では、世界貿易センターが舞台になった。南の島から連れてこられたキングコングが、故郷の双子ーを思い出して登るのである世界貿易センターも完成当初の評判は悪かった。三0年代の美しい摩天楼に比べると、装飾も少なく個性がないビルだと考えられたからである。世界一の高さだったのに、印象が薄いハイライズ。だがその眺めのよさから次第に人気を増したらしい。かつてパリのエッフェル塔もさんざん悪口を言われ上に登れば、この醜悪な構築物を見ないで済むと述べた文化人がいた。そんなエピソードを思い出させるが、とにかく見られるよりもそこから都市を見るためのビルだった。しかし、九·一一のテロによって劇的に崩壊したことにより、それ自体が人々の記憶に残る存在になったのは数奇な運命である。ある日突然、建物が解体されても、われわれは前にどんなものがあったかをしばしば思い出せなくなる。ところが、ニューヨークに空いた大きな穴だけは、消滅したツインタワーをいつも想像させるのだ。

摩天楼と高層ビル-ニューヨーク古来、建築は天に向かい、高くのびようとする衝動をもつ。それを最も純粋に表現するのが塔である。
バベルの塔の有名なエピソードでは、人々が高く高く塔を築き、神の怒りに触れて破壊された。とはいえ、キリスト教の尖塔、イスラム教のミナレット、仏教の五重塔など、一般的に塔は宗教と関わっている。一九世紀までは、最も高い建築と言えば、宗教建築だった。しかし、二0世紀に高層ビルが普及してからは、いわゆるオフィスビルが世界一高い建物になっている。古い塔は、主にその外観を眺めるものだったが、ついに内部空間を使うための高層建築が登場した。
二0世紀初頭のニューヨークは、華やかなアール·デコの摩天楼を生み出した。これは単に屋上が平らな高層ビルとは違う。摩天楼、すなわちスカイスクレーパーの頂部を見ると、先の方が細くなったり、尖ったデザインになっており、明らかに高さへの志向性が認められる。もっとも、法律で定められた斜線制限の範囲内で、できるだけ建築を大きくしようとすれば、どうしても先端がすぼまる造形にならざるをえない。クライスラー·ビル(30)とエンパイア·ステート·ビル(31)は、それぞれの施主が威信をかけ、かつて激しい高さ競争を行った。摩天楼は、高層ビルでありながら、塔に近い。
二0世紀の中頃には、こうした摩天楼が減少し、ただのハイライズ、すなわち高層建築物が増える。M·アレクサンダーは『塔の思想』において、塔は「垂直上昇の理念の純粋な具現化」であり単純に機能を追求した高層ビルと違うことを指摘した。
家の骨組みのことを構造といい
家の骨組みのことを構造といい

暮らしを楽しめるキッチン

マンションは買った価格家のおもちゃでよく遊び確かに、高層ビルは、大都市の場所不足と経済原理から、空間をひたすら積層し、結果的に高くなったに過ぎない。ミース·ファン·デル·ローエが設計したシーグラムビル(57)は、抽象的な空間を積み重ねたガラスの箱のようなビルの原型である。
塔から箱へ。東京の霞ヶ関ビル(68)も、その系譜に位置づけられる。こうした箱型の高層ビルは全世界に広がり、インターナショナル·スタイル、つまり国境を超えた近代の建築様式になった。
思想家のジャン·ボードリヤールは、ツイン·タワーの世界貿易センタービル(72)がニューヨークに登場し、互いに高さを競争する資本主義のシステムが変わったという。これは記録的な高さを持ちながら、四角いビルそのものがうりふたつの双子になっており、どちらかが目立とうとはしない。互いに鏡に向かいあうような二重化の眩暈のなかで、ビルの個性や象徴性を強調するシステムが崩れていく。
二0世紀初頭の摩天楼はビルの象徴性を維持し、マンハッタン島を近代における塔とピラミッドのジャングルに成長させた。が、二0世紀後半の超高層ビルは高さすらも抽象化し、マンハッタン島をパンチ·カードという記号の森に移行させたのである。
げんうん一九九0年代はアジアの経済が急成長し、世界一高いペトロナス·タワー(97)がクアラルンプーレに誕生した。これもツイン·タワーだが、先が塔のように尖っており、摩天楼の再来かもしれない。なお、日本一高いビルは、二九六メートルの横浜ランドマーク·タワー(93)であり、やはり全体が塔状にすぼんでいる。また東京·代々木のドコモ·タワー(00)も、エンパイア·ステート·ビルの形状を復活させたかのようだ。

クライスラー·ビル-ニューヨークアメリカの黄金の二0年代を締めくくる建築と言えば、クライスラー·ビルだろう。

これは一九二五年のパリの装飾博覧会をきっかけに流行した最新のアール·デコのデザインを取り入れている。ゆえに、アール·デコの摩天楼として代表的な存在である。

家づくりがしたい

では、なぜかくも愛されてきたのか。なんと言っても、頂部のユニークなデザインが、キャラクターを決定している。だんだん細くなるステンレスのアーチが重なり、最後はてっぺんに尖塔がのる。それぞれのアーチには三角形の窓が続き、ギザギザのスカイラインが印象的だ。メインロビーは、新しい時代を感じさせるステンレスの素材と、モロッコやドイツの大理石、メキシコ産オニックスを巧みに組み合わせ、壮麗な空間をつくりだす。
設計者のウィリアム·ヴァン·アレンは、一八八二年生まれのニューヨークっ子。パリのエコール·デ·ボザールで学び、帰国してからは、ラッキー·ストライク煙草店などの商業施設を手がけた。そして彼の関わったプロジェクトの敷地をウォルター·クライスラーが買収した縁で、クライスラー·ビルを担当する。このビルの大成功により、彼は有名になったが、その後は建築家をやめ、不動産の仕事に専念したようで、他の作品は知られていない。
実は、ヴァン·アレンによる初期案の頂部は、鈍い丸みをおびていた。だが、クライアントがクライスラーになり、彼の意向を反映して、現在のような流線形のアーチを連続したデザインに変更される。
さらに、世界一の高さをめざしていたから、工事の途中で他の高層ビル案が発表されたことにあわて一番上に尖塔を追加した。つまり、一番高く!という施主の単純な欲望が、結果的に美しいシルエットを導いた。悪く言えば、これは典型的な社長建築である。また1111階には、自動車のグラフィックがあり、四隅にクライスラー車のラジエータ·キャップを巨大化したモチーフをとりつける。普通はキッチュになりがちだが、ヴァン·アレンは秀逸なセンスでデザインをまとめあげた。
クライスラーはクルマの国アメリカを代表する自動車の会社である。ゆえに、クライスラー·ビルは摩天楼であると同時にクルマのビルということでも、アメリカの象徴なのだ。しかし、竣工の前年一九二九年には、ウォール街から不況が始まり、ビル建設のブームが終わる。クライスラー·ビルは、摩天楼の時代を締めくくる建築でもあるのだ。

クロイスターズ-ニューヨークマンハッタン島をぐるりと船で1周するツアーがある南端に並ぶ、自由の女神と高層ビル群。世界貿易センタービルも、海から眺めるのがベストだった。
やがて繊細な摩天楼や国連ビルが視界に入る。建築士事務所コンセプトは日々変化してそれをご夫婦で見せ合って話合う